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県議会報告

-----------当選1周年を振り返り----------

はじめに
 暑い中 せっかくの週末のところを ご参加いただき感謝!
会場や日程の設定など労組会議に大変お世話になりました。今日が初めての議会報告です。報告会の持ち方について、また議員活動・報告内容についてもぜひ皆様のご意見をいただきたいと思います。
早いもので当選してから1年半がたとうとしています。
働くものの代表として職を辞して県議選に立候補しようと決意したのが一昨年の11月。多くのみなさんの支持によって当選させていただいた4月11日の投票日。
記念すべき初議会・一般質問初登壇の6月。振り返ってみれば試行錯誤のあっという間の1年間でした。

歴史教科書従軍慰安婦削除問題で徹夜の6月議会。
シーガイア問題の9月、12月議会。新年度予算を審議する2月議会。
92年ぶりの口蹄疫発生で対応に追われた4月。
2巡目となる6月議会

議会だより
それぞれの議会終了ごとに議会だよりを郵送していますので多くのみなさんに読んでいただいていると思います。発行部数6300部 市職労の仲間のみなさんにご協力をいただきながら郵送作業。

定例議会での質問内容
●2000年6月定例議会
電力の自由化と自然エネルギー対策について
青少年を取り巻く環境の整備について
  青少年健全育成のための総合的な対策の整備について
  児童虐待防止法成立と児童相談所等の機能強化について
  都城、延岡の児童相談所の改築を急いでいただきたい
  30人学級実現について
  定時制・通信制高校定数増について
県庁内インターネット活用状況について
口蹄疫について
警察署の改築について

●1999年11月定例議会
シーガイア等に対する公的支援について
高度情報インフラ整備による企業立地と商工業の活性化について
インターネット利用した在宅障害者の就労支援策について
インターネット整備を念頭に置いた小学校・中学校・高校のコンピュータ情報通信教育の充実について
商店街活性化について
県立特別養護老人ホーム「霧島荘」の改築について
バス路線の廃止と交通弱者対策について 宮交70周年誌

●1999年 9月定例議会
ダイオキシン対策法とゴミの減量化について
福祉のまちづくり条例について
腎臓病患者と高齢化対策について
JRトンネル崩壊事故に関連し道路トンネル点検状況は
姫城・甲斐元地区の浸水対策について

●1999年 6月定例議会
感染症予防について
地方分権一括法案について
介護保険実施について
ゴミ処理の広域化について

本当に勉強の毎日でした。山林や海、学校、福祉施設等いろいろな施設、現場を視察させていただき勉強すればするほど世の中がおかしくなっていくことに気づく毎日。環境保全が世界の流れなのに、山も田んぼも荒れ果て、公共(土木)事業だけが一人歩き。営林署はなくなり、農林省の出先施設は独立行政法人に代わり。一銭も税金を投入していない郵便局が、60兆円もの税金を投入する銀行に「民営化しろ」と非難され。少子高齢社会と騒がれ、学校が荒れ、子供の犯罪が多発するのに、30人学級は金がないと一蹴され、国立大学は民営化しろと脅され。福祉制度は財政の悪化を受け後退の一途。挙げ句の果てに、日本国の総理大臣は「神の国」発言。

先生
まず、議員になって困ったことは「先生」と呼ばれること。慣れてきましたが。
朝夕かまわず自宅に電話が来ます。県庁の偉い人とか支持者と名乗る人とか。
一回来たかったとあがってこられます。家族に迷惑をかけています。

場は宮崎市
宮崎には議会の日はもちろん、月の半分は行っている勘定です。
中古の車を買って高速で通勤してます。
宮崎市役所の近くに議員寮があります。1回利用3500円也。風呂トイレ共有、若い人いません。

議員控え室 
 各会派ごとに「議員控え室」があります。議員数に応じた床面積  改選ごとに面積取り合戦!
担当職員(政務担当 正職員) 自民3人 社民1人 ほかに22条職員が控室に常駐
どの議員の机の上も書類の山やま

シーガイア再建
昨年は商工建設常任委員会副委員長  油津港の300億円の工事現場を見たり商店街や観光振興の現場を見たり シーガイアの公的基金注入もありました。
メンバーひとり一人ほんとうに悩みましたが 結果的には事の重大性を受け各会派の意見とりまとめになりました。もちろん大所帯の自民党が最後までもめました。結局自民党は松形知事に3回も頭を下げさせ「知事がどうしてもと言うも言うものだから」と支持者には説明するとしました。これが真相ですね。自民党が賛成に回ったのは。理論はありません。
私たちは今後シーガイアを再建させていかなければと。債権放棄と県の第3セクからの撤退。   カジノ 子供の親とすれば認められません。
60億円の予算枠のうち12年度分(運転資金不足分)として25億円補助金交付済み
 しかし、健全化・企業努力により、フ社はその半分しか執行していない。当初の25億円で今年の9月まで足りる予定。

議員同士の関係
議員の定数は45人。無投票当選郡部に多い。ずーと無投票という地区もあります。
対立候補が出れば引退すると脅しともとれる話も。

自民党32人 社民党4人 民主党3人 公明党3人 共産党1人 無所属1人

10人結束強い 32人相手だから
しかし 中央の影響を受ける。衆議院選 与党と野党の関係

都城5人北諸2人で仲良く都北議員団 団長中村県議 飲み会や調査(牛の峠線)
議会は年齢ではなく当選回数で決まる事が多い  今後も地道に勉強させていただきたい。

「一般・代表質問のあり方」
 まだ私には、基本的な考え方がまとまっていません。
テクニックの問題も存在しますが、まずは私のポジションから考えないといけません。
「議員になって今ごろ、何を言うか」とおしかりをいただきそうですが、私、議員は素人です。自分の気持ちはこのまま素人で生き続けたいのですが、議会のルール(暗黙の了解を含め)で物事を進めないと、周りから無視されなにも成果が得られない恐怖心も抱きます。
 率直に自分の力量のなさを感じます。今後、どう反発していくのか。はたまた、時間の経過とともに疑問に思わくなりその在職の期間、「お茶を濁す」ことになるのか、見極めにもう少し時間が必要のようです。

 政党の政策は時間とともに、時代とともに、変化します。また、そうなければいけないと思います。もちろん変わっていいところ、変わったらいけないところはありますが。地方主権、中央分権、農業問題等などは特に旬なところがありますね、中央ではさぼりたいところをどんどん地方から(各組織・団体の地方組織から中央に)注文つけていくべきですね。地方あって中央組織あり。

素人の議員でいたい
私はHPを開設しました。また、立場の違う多くの人たちと意見交換をしています。
私は前例のないことを自分の信念に従い進めています。
私は議員になっても変えたくないものがたくさんあります。
私は政治の素人で一生を終わりたいと思います。
しかし、今41歳。あと20年は議員やらないと家族が。。。それも現実です。

私は政治家になるつもりは全くありませんでした。それは政治家が私にとって遠い存在だったからです。
私は職場が一番でした。何よりも現場が大切です。議員になるとその現場がなくなるから。
現場のない私(現場を見つけられない私)が今つらいです。

今の現場が「議員」だと悟ってしまう自分が怖いです。また、それに慣らされていく自分が残念です。

議員当選一年半の私の偽らずの心境です。

インターネットのホームページ http://www.mitsuyuki.com/
インターネットのホームページに今までの議会質問や活動記録を掲載 情報の公開につとめているが効果のほどは如何に
ホームページを立ち上げ半年になります。反応は今ひとつでしたがここ一ヶ月ぐらいいろんなメールが届くようになり、努力(?)の甲斐が。。。

おわりに
働くものの代表として、社会的弱者 高齢者 障害者 子供 痛みをわかる政治家として「初心忘れず」ひとり一人を大切にする政治を目指してこれからも頑張ります。


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